昨年10月からこのブログ放置してました。。そろそろ書こうかな。


by yokoyoko10
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江國香織と村上龍

江國香織はけっこう前からすき。
女性が読めば、だれしも琴線にふれる部分があると思うんだけど・・・どうだろう。
文章に、ステレオタイプな表現がないのがすき。
たとえば、「泣く」ということばの表現ひとつとっても「彼女は一晩中枕をぬらした」(なんていまどき書く作家もいないと思うけど)、「真っ赤に泣きはらした目」とか、彼女はまちがってもそういうことは言わない。
すごく乾いたことをいったり、とても情熱的だったり、こどもみたいだったり、毅然とした大人のようなことをいったり、そういうのひっくるめて、このひとはとても女性的で、女性の機微にとても敏感なひとだとおもうし、いいなあって思う。・・・人間、自分にないものを人に求めるっていうから。
「冷静と情熱のあいだ」の江國と辻仁成の語り口はとても対照的で、わたしは辻仁成はなんてウエットなんだ、って思ってうけつけなかったけど、男性陣にそういったら、共感できるところもあったみたい。ラストも対照的だと思った。

で、村上龍。このひとの小説はべつにすきじゃないし、興味もぜんぜんなかった。
でも、最近、がんばって本だしてるなあ、とは思ってたけど。
なのに、この前日本に帰国したときに、なんとなく彼のエッセイを手にとって、見方がかわってしまった。彼の、思考のぐるぐるぶりとか、ひとつずつ物事を定義づけていったり意味をみいだそうとするところが、最近の自分の思考方法とすごくだぶるのだ。
最近の出版ラッシュは、そのぐるぐるのなかで着地したことをどんどん世の中に出さずにはいられない、という衝動なんだろうと思う。

今日の午後は江國の「泣く大人」というエッセイをひっぱりだして読んでいた。
そこで、ある文章に目がまるくなった。
彼女が苦手な男の定義---
「仲間好きな男」
何か特殊な能力を持っていて、その仲間をこよなく愛し、しょっちゅうイベントをする男。
「こいつらと一緒にいるときの俺がほんとうの俺」という解放のされかたが嫌、なのだそうだ。じゃあそんなにみさかいなく、どこでもここでも自分を解放していいか、と問われれば、いいに決まっているし、解放して誰かに迷惑がかかるような「ほんとうの俺」なら、まずそれを改めるべきだ---
そういう見方もできるかもしれない。もろ手をあげて賛同するわけじゃないけど、こんなに潔いと気持ちいい。

潔い江國と、ぐるぐるの村上、自分的にどっちもありです。
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by yokoyoko10 | 2004-09-19 16:52