アジアカップ決勝観戦記〜北京の長い夜
2004年 08月 09日
8月7日(土)の出来事
わたし、日本のテレビも新聞も見てないんでどういう報道されてるかよくわかんないんですけど、私の見たままのことを書きますね。ちょっと長いけどよかったら読んでみてください。
金曜の夜に北京についたけど、市内に不穏な空気もまったくなく、タクシーの運転手もサッカーにはそんなに興味ないみたい。(以後、私が接触したおおかたの北京人はこんな感じ)
土曜の朝は、10時ころ会場となる体育場にちょっといってみました。
・・・かなりやばい雰囲気。この時間に来てるということは、ノーマルなサポーターではないと思われ、中国の大きな国旗を背負ってる人とか、赤いTシャツ、はちまきの人がたくさん。和気あいあいとがんばるぞ、おー!みたいな雰囲気はまったくなく、体全体からとげとげしい熱気を発散してるひとばかりでした。全部で200〜300人くらいいたのでは。ダフ屋がたくさんいて、体育場前を走りすぎる高級車を見つけると50メートルくらい並走してチケットを売ろうとする人もけっこういました。この雰囲気の中で、当日券を買うなんて絶対無理。チケットが先に手に入ってよかった・・・
で、すかさず退散。
試合開始は中国時間で8時だったので、6時ころ会場そばにタクシーで移動。
北京市内はいたって平穏な感じで、天安門とかでもまったく対戦の空気を感じさせるものはなかったのだけど、会場に近づくにつれものものしい雰囲気。車から大きな国旗を突き立ててたり、前述の「並走おじさん」もぞろぞろ。
7時半ころ会場に向かったら、もう騒然とした雰囲気。会場そばのバー街では、各バーで中国人がテレビ観戦。とにかく赤い国旗とか赤・赤・赤。移動する途中で、観戦メンバーのひとりが、装甲車を発見。「これ、そーとーやばいときにしか出てこないっすよ!」体育館前は入場できない中国人と、公安とでもうぐちゃぐちゃ。怖くて周囲をよく見ることができない。体育場の門の中にはいると、体育場までの数十メートルを、バリケードをした機動隊みたいな人たちが道をつくってて、その中を入場。今回、日本人はどんなクラスのチケットであろうと一ヶ所にまとめられると事前にきいていたので、日本人入場口を探すけど、会場警備の人もよくわかってない。ちょっと右往左往してようやく体育場内へ。・・・中にはいると、周囲一面、まっかっか。今回日本人は1000〜1200人くらいだったみたいで、周囲の中国人とはロープでしきられていて、公安による厳重な警備がついていた。ちょうどゴールポストを上から見下ろすようなポジション(なんていうの?)が日本人席になってて、われわれの真横にスクリーンが設置されてるから、スクリーンはみれない。
国歌斉唱が始まるけど、あまりに中国人のブーイングが大きくて、音楽がまったく聞こえない。
で、試合開始。とにかく中国人がずっと地響きのようなうなりのような声をあげていて、いきなり管弦楽がはいったり、スピーカーからわんわんわめくようなうるさい音が響いて、日本人サポーターは圧倒されて応援がうまくまとまってなかったと思う。日本チームがいい動きをしたときに思いついたかのように「ニッポン!ニッポン!」って言うんだけど、いまいち応援が続かない。観客は1000人対65000人。日本チームが動きにきれがないのは、上から見ててよくわかったけど、1点入ったら選手もサポーターも波にのってきたと思う。でも中国も1点。このときのどよめきといったら!そうこうしてたら、日本人席に中国人がぞろぞろとはいってきた。おそらく、超満員の中国人席に座れなかった人たちが、若干空席のあった日本人席につれてこられたのだろう。正直ちょっとコワイ。
後半戦がはじまると、日本人席の前のゴールポストで、川口がわれわれサポーターに手を振ってくれた。川口、いいやつ〜!!サポーターの心を完全につかんでるよ。で、日本が2点目、3点目と点を重ねるにつれ、中国のサポーターが少しづつトーンダウンしていく。そして、日本勝利!ほんとに感動をありがとう〜!!
このとき、中国人はどんどん帰りはじめ、表彰式のときはもうほとんど中国人は残っていなかった。30分ほどのセレモニーがすんで、選手がサポーターのほうにきてくれた。ありがとう、ありがとう〜!!感動を胸に、退場。
・・・できないのである。こうなることはだいたい予測してたけど、セレモニーがおわって、30分たっても状況がよく見えない。ようやく大使館から「会場外で中国人のひとが暴れていて危険なのでもうすこしお待ちください」と言われる。さらに30分。サポーターもいらいらしてきて、いやな雰囲気。突然子供が「もう大丈夫だって!」と叫ぶ。つられるように外にでようとすると、大使館の人にとめられる。ガセだった。さらにしばらくして、中国公安が、子供優先で水を配る。通路に人があふれて、熱さと疲れでみんなぐったりしている。その間、大使館のいうことはコロコロかわった。「バスを20台用意しているから、なるべくそれにのって退場してほしいが個人にまかせる」「いま公安が外に出る道をつくってるから、その中を勝利した国のサポーターとして胸を張ってかえってください」「絶対バスにのらないと外にでれません」・・・携帯で外の状況を聞いてるひとから細切れに情報がはいってくる。やれ大使館の車がぼこぼこにされた、某テレビ局の車は日本車でやはりぼこぼこにされた、別のテレビ局では、中国人スタッフがなぜ日本を手伝うのかとぼこぼこにされた、体育場外では多くの中国人が暴れている・・・でも何がほんとなのかわからない。大使館の人が奔走してるけど、指示が公安にうまく伝わらないらしく、もめている。到着したバスの運転手は行き先をわかっていない。体育場の外(門の内側)には何百という公安がいるが、なにもせずにぼーっとしている(ようにしか見えない)。
12時をすぎたころ、ようやくバスが表に出れるようになった。海淀区という留学生が多くすむエリアにまず10台だすという。そんなに留学生はいないはず。大使館の指示ミス?もう一ヶ所、建国門という市内の別の地域に10台だすということで、われわれもバスに乗り込む。バスの中でも30分近くまったような気がする。
ようやくバスが動きだした。このとき12:30。体育場の裏門から出るらしい。そして、われわれのバスは、選手をのせて止まっているバスとすれちがった。いちばん疲れているのは彼らなのに・・・息をつめるようにバスが裏門から出たが、中国人皆無。そして12:40、目的地でおろされた。
これが、わたしが会場でみた一部始終です。
試合終了後2時間半、会場を出られなかったということだけが真実。これを「大使館と公安の不手際により軟禁された」というのか「彼らのおかげで身柄が安全に確保された」というのか、言い方はいろいろあると思うけど、わたしの実感は「軟禁」。日本が勝った場合どうするか、ということをシュミレーションしていなかったのだろうか。日本人席は一ヶ所にかたまっていたのだから、安全対策のビラを配ることは容易だっただろうに、なぜそんなこともせず、いきあたりばったりの指示をだしたのか。
ちなみに大使館の人たちは、まったく普通に観戦してたそうです。・・いいのかな?
それにしても、自分の目でみたいと思って現地にきたのに、渦中にいて自分のまわりで何がおこってるかわからない、なんてことになるなんて思いもしなかった。そもそも試合自体、スクリーンがないから、2点目のハンド疑惑というのもテレビ観戦のひとから聞いたし。
それから、わたしは実際に中国人の人が暴れているのを見たわけじゃないから、そのことについては何もいえない。(ただ、三里屯というバー街に行った人がいて、窓ガラスがたたき壊されたり、中国人が怒りを発散したのを目撃した人がいましたが)
でも、暴力や乱暴を抑止するために数万ともいわれる公安が配備されていたわけで、それって乱暴がおこることを容認してるということを意味するんじゃないのかなあ?暴力は武力で抑制しても、根本的な改善にはならない。
あと感じたのが、中国人のすり替え発想がまた出たよ、ってこと。誤解を恐れずにいうならば、中国人は基本的に自分の非を認めずに、別の要因をさがして問題をすり替えることがDNAにインプットされている民族だと思いますが、(いいすぎ?)今回の中国の敗戦については、「審判のレベルが低すぎた」ということになってるみたいです。ニュートラルなうちの会社の中国人スタッフも、「2点目はハンドだから、そのせいで負けた」っていってました。
まあそういうことをいろいろ感じつつ、日本選手のみなさんに、本当に心からありがとう、お疲れさま、といいたいです。試合を観戦してて、後半の頭までは中国人の応援にいちいち気をとられてたのだけど、途中からピッチしか見えなくなりました。中国人によるコーナーキックのときの、川口をはじめ日本選手の動きを見ていたら、この異常な空間の中でゴールを阻止して、壮絶な戦いを挑む彼らに胸をうたれて、泣きそうになりました。
ってな感じで、なんかいろいろぶっちゃってすみません。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。今回感じたことを風化させたくなかったので、仕事途中のおやつタイムに書いちゃいました。(とエクスキューズしておく)
わたし、日本のテレビも新聞も見てないんでどういう報道されてるかよくわかんないんですけど、私の見たままのことを書きますね。ちょっと長いけどよかったら読んでみてください。
金曜の夜に北京についたけど、市内に不穏な空気もまったくなく、タクシーの運転手もサッカーにはそんなに興味ないみたい。(以後、私が接触したおおかたの北京人はこんな感じ)
土曜の朝は、10時ころ会場となる体育場にちょっといってみました。
・・・かなりやばい雰囲気。この時間に来てるということは、ノーマルなサポーターではないと思われ、中国の大きな国旗を背負ってる人とか、赤いTシャツ、はちまきの人がたくさん。和気あいあいとがんばるぞ、おー!みたいな雰囲気はまったくなく、体全体からとげとげしい熱気を発散してるひとばかりでした。全部で200〜300人くらいいたのでは。ダフ屋がたくさんいて、体育場前を走りすぎる高級車を見つけると50メートルくらい並走してチケットを売ろうとする人もけっこういました。この雰囲気の中で、当日券を買うなんて絶対無理。チケットが先に手に入ってよかった・・・
で、すかさず退散。
試合開始は中国時間で8時だったので、6時ころ会場そばにタクシーで移動。
北京市内はいたって平穏な感じで、天安門とかでもまったく対戦の空気を感じさせるものはなかったのだけど、会場に近づくにつれものものしい雰囲気。車から大きな国旗を突き立ててたり、前述の「並走おじさん」もぞろぞろ。
7時半ころ会場に向かったら、もう騒然とした雰囲気。会場そばのバー街では、各バーで中国人がテレビ観戦。とにかく赤い国旗とか赤・赤・赤。移動する途中で、観戦メンバーのひとりが、装甲車を発見。「これ、そーとーやばいときにしか出てこないっすよ!」体育館前は入場できない中国人と、公安とでもうぐちゃぐちゃ。怖くて周囲をよく見ることができない。体育場の門の中にはいると、体育場までの数十メートルを、バリケードをした機動隊みたいな人たちが道をつくってて、その中を入場。今回、日本人はどんなクラスのチケットであろうと一ヶ所にまとめられると事前にきいていたので、日本人入場口を探すけど、会場警備の人もよくわかってない。ちょっと右往左往してようやく体育場内へ。・・・中にはいると、周囲一面、まっかっか。今回日本人は1000〜1200人くらいだったみたいで、周囲の中国人とはロープでしきられていて、公安による厳重な警備がついていた。ちょうどゴールポストを上から見下ろすようなポジション(なんていうの?)が日本人席になってて、われわれの真横にスクリーンが設置されてるから、スクリーンはみれない。
国歌斉唱が始まるけど、あまりに中国人のブーイングが大きくて、音楽がまったく聞こえない。
で、試合開始。とにかく中国人がずっと地響きのようなうなりのような声をあげていて、いきなり管弦楽がはいったり、スピーカーからわんわんわめくようなうるさい音が響いて、日本人サポーターは圧倒されて応援がうまくまとまってなかったと思う。日本チームがいい動きをしたときに思いついたかのように「ニッポン!ニッポン!」って言うんだけど、いまいち応援が続かない。観客は1000人対65000人。日本チームが動きにきれがないのは、上から見ててよくわかったけど、1点入ったら選手もサポーターも波にのってきたと思う。でも中国も1点。このときのどよめきといったら!そうこうしてたら、日本人席に中国人がぞろぞろとはいってきた。おそらく、超満員の中国人席に座れなかった人たちが、若干空席のあった日本人席につれてこられたのだろう。正直ちょっとコワイ。
後半戦がはじまると、日本人席の前のゴールポストで、川口がわれわれサポーターに手を振ってくれた。川口、いいやつ〜!!サポーターの心を完全につかんでるよ。で、日本が2点目、3点目と点を重ねるにつれ、中国のサポーターが少しづつトーンダウンしていく。そして、日本勝利!ほんとに感動をありがとう〜!!
このとき、中国人はどんどん帰りはじめ、表彰式のときはもうほとんど中国人は残っていなかった。30分ほどのセレモニーがすんで、選手がサポーターのほうにきてくれた。ありがとう、ありがとう〜!!感動を胸に、退場。
・・・できないのである。こうなることはだいたい予測してたけど、セレモニーがおわって、30分たっても状況がよく見えない。ようやく大使館から「会場外で中国人のひとが暴れていて危険なのでもうすこしお待ちください」と言われる。さらに30分。サポーターもいらいらしてきて、いやな雰囲気。突然子供が「もう大丈夫だって!」と叫ぶ。つられるように外にでようとすると、大使館の人にとめられる。ガセだった。さらにしばらくして、中国公安が、子供優先で水を配る。通路に人があふれて、熱さと疲れでみんなぐったりしている。その間、大使館のいうことはコロコロかわった。「バスを20台用意しているから、なるべくそれにのって退場してほしいが個人にまかせる」「いま公安が外に出る道をつくってるから、その中を勝利した国のサポーターとして胸を張ってかえってください」「絶対バスにのらないと外にでれません」・・・携帯で外の状況を聞いてるひとから細切れに情報がはいってくる。やれ大使館の車がぼこぼこにされた、某テレビ局の車は日本車でやはりぼこぼこにされた、別のテレビ局では、中国人スタッフがなぜ日本を手伝うのかとぼこぼこにされた、体育場外では多くの中国人が暴れている・・・でも何がほんとなのかわからない。大使館の人が奔走してるけど、指示が公安にうまく伝わらないらしく、もめている。到着したバスの運転手は行き先をわかっていない。体育場の外(門の内側)には何百という公安がいるが、なにもせずにぼーっとしている(ようにしか見えない)。
12時をすぎたころ、ようやくバスが表に出れるようになった。海淀区という留学生が多くすむエリアにまず10台だすという。そんなに留学生はいないはず。大使館の指示ミス?もう一ヶ所、建国門という市内の別の地域に10台だすということで、われわれもバスに乗り込む。バスの中でも30分近くまったような気がする。
ようやくバスが動きだした。このとき12:30。体育場の裏門から出るらしい。そして、われわれのバスは、選手をのせて止まっているバスとすれちがった。いちばん疲れているのは彼らなのに・・・息をつめるようにバスが裏門から出たが、中国人皆無。そして12:40、目的地でおろされた。
これが、わたしが会場でみた一部始終です。
試合終了後2時間半、会場を出られなかったということだけが真実。これを「大使館と公安の不手際により軟禁された」というのか「彼らのおかげで身柄が安全に確保された」というのか、言い方はいろいろあると思うけど、わたしの実感は「軟禁」。日本が勝った場合どうするか、ということをシュミレーションしていなかったのだろうか。日本人席は一ヶ所にかたまっていたのだから、安全対策のビラを配ることは容易だっただろうに、なぜそんなこともせず、いきあたりばったりの指示をだしたのか。
ちなみに大使館の人たちは、まったく普通に観戦してたそうです。・・いいのかな?
それにしても、自分の目でみたいと思って現地にきたのに、渦中にいて自分のまわりで何がおこってるかわからない、なんてことになるなんて思いもしなかった。そもそも試合自体、スクリーンがないから、2点目のハンド疑惑というのもテレビ観戦のひとから聞いたし。
それから、わたしは実際に中国人の人が暴れているのを見たわけじゃないから、そのことについては何もいえない。(ただ、三里屯というバー街に行った人がいて、窓ガラスがたたき壊されたり、中国人が怒りを発散したのを目撃した人がいましたが)
でも、暴力や乱暴を抑止するために数万ともいわれる公安が配備されていたわけで、それって乱暴がおこることを容認してるということを意味するんじゃないのかなあ?暴力は武力で抑制しても、根本的な改善にはならない。
あと感じたのが、中国人のすり替え発想がまた出たよ、ってこと。誤解を恐れずにいうならば、中国人は基本的に自分の非を認めずに、別の要因をさがして問題をすり替えることがDNAにインプットされている民族だと思いますが、(いいすぎ?)今回の中国の敗戦については、「審判のレベルが低すぎた」ということになってるみたいです。ニュートラルなうちの会社の中国人スタッフも、「2点目はハンドだから、そのせいで負けた」っていってました。
まあそういうことをいろいろ感じつつ、日本選手のみなさんに、本当に心からありがとう、お疲れさま、といいたいです。試合を観戦してて、後半の頭までは中国人の応援にいちいち気をとられてたのだけど、途中からピッチしか見えなくなりました。中国人によるコーナーキックのときの、川口をはじめ日本選手の動きを見ていたら、この異常な空間の中でゴールを阻止して、壮絶な戦いを挑む彼らに胸をうたれて、泣きそうになりました。
ってな感じで、なんかいろいろぶっちゃってすみません。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。今回感じたことを風化させたくなかったので、仕事途中のおやつタイムに書いちゃいました。(とエクスキューズしておく)
by yokoyoko10
| 2004-08-09 16:11